★Dr.パルナサスの鏡
物語が何らかのはっきりとした形で終わらないと駄目な人には むかない映画かもしれないが、個人的には大好きな種類の映画である。

鏡の世界では人の心の奥底の欲望願望の世界を形にして見せ、 その中に入ると勿論最初は気持ちいいのだが、 様々な選択肢に迫られ、選択を誤ると鏡の世界から出られなくなってしまう。 平たく言うとそんな感じで、人間がいかに欲望にまみれているか、 欲望により選択肢を誤ってしまうかを、皮肉交じりに描いている。 選択肢の殆どは悪魔からの提示である。

非常に不自然な状況の中で物語りは始まり、 その不自然さを保ったまま、何事もなかったかのように 気にもせず2007年ロンドンという現実の世界(下界)に突入している。 何の為に?どうしてそうなのか?、そんなことは言ってはいけない映画なのだ。 逆にそういうことを言わせない映画にしなければ、この手の映画はなりたたなくなってしまう。 つまりそれだけ表現力が求められるし、映画そのものの世界感を問われる映画なのだ。

物語はかつて僧侶だったドクターパルナサスが世界は語られる事で成立していると 主張するところから始まる。 そしてそれを否定する悪魔があらわれる。 その悪魔と賭けをすることになり、勝って不死身の体を手に入れる。 しかしその勝負は勝つことが負けであった。 悪魔は不死という苦しみを彼に与えただけだったのだ。

なんでそんな勝負が必要なのかなんていってはいけないのである。

不死の体で下界に降りたある日、一目ぼれした女性と結婚したいがために 悪魔と取引をして若い体にしてもらうい、望みどおり彼女と結婚する。 彼女は妊娠し女の子を産むが彼女は死んでしまう。
その時の取引とは16歳になったら娘を悪魔に差し出すという約束だった。

意外に古典的な約束なんてこといってはいけない。
ただのエロジジイじゃないかなんてこともいってはいけない。

そして下界でのパルナサスの旅が始まる。彼の年齢は1000歳以上。 パルサナス博士と娘のヴァレンティナと小人の男パーシーと若い曲芸師アントンの 4人で興行しながら旅をしていた。 なんで興行しながらなのかはわからない。 娘はともかく他のメンバーがどうして仲間になったのかもわからない。 けれどこの手の映画はそんなのどうでもいいのだ。 兎に角旅してるのだ。なんてったって旅なのだ。

しかも2007年のロンドンなのだ。そのことに疑問を抱いてもいけない。

きっと娘を悪魔に渡したくないから旅しているのだろうと思う。 旅してもどうにかなるものとは思えないが・・・。 この興行の出し物は鏡の中に入りこみ、 人の心の奥底の欲望願望の世界を形にして見せる「イマジナリウム」。 その鏡の世界はパルサナス博士の頭の中の世界でもある。 博士が集中していないとその世界に入れないものなのだ。 しかし興行でその鏡の中に入る人は殆ど居ない。つまり収入はあまりない。 貧乏な旅なのだ。裕福な旅では演出的には困るしね。

ある日橋下で首吊り自殺している記憶喪失の青年トニーを助け、彼は一座に加わる。 彼は悪魔のさしがねなのかよくわからないが、彼が加わることで物語は展開していくのである。 そして娘はその青年トニーに惚れてしまう。嫉妬する曲芸師のアントンという図式になる。

またまたある日悪魔が現れ何日以内かわすれたけど 「5人を鏡の世界に引き入れて上手く導ければ、娘は差し出さなくていい」という条件を出す。

なんで5人なんだという疑念もよろしくない。黙っているべし。

青年トニーのアイデアでショーのセットを変え衣装も変えて、そして巧みなトニーの話術で 4人まで成功する。しかし5人目の時に警察やトニーの追っ手に舞台を壊され逃げる事になる。 実はトニーは詐欺師であり、卑怯な男だったのだ。 自殺も本当はポーズであり口から喉に金属の筒をはめて息が通るようにしていたのだ。 多分何度もその手を使っていたのだろう。

鏡の中の世界でトニーは本性を表し娘を蔑ろにする。 そして今度はトニーを倒せば娘は自由になると悪魔が提案し、そしてパルナサスは勝利する。 しかし娘は自由になるがパルナサスの元には戻らない。自由になったため何処かへいってしまったのだ。 元々娘は平凡な普通の家庭の生活を夢見ていたから。

パルナサスは鏡の世界を彷徨う。様々な選択肢を選びながら彷徨う。 そして疲れきった彼は選択肢を前に「もう何も選択したくない」という。 その時下界に戻る。またロンドン。そして老いぼれジイサンの風貌で乞食として街に住む。

そんなある日、娘が通り過ぎる。パルナサスは彼女を追う。娘は結婚して子供が居てダンナがいて 幸せそうにレストランで食事をしている。


それを窓の外から眺めているとかつての仲間の小人の男パーシーに出会う。
「彼女に会うのはよせ」と彼はいう。
「そんなつもりはない」とパルナサスはいう。
そして小人の男パーシーの指示でかつての興行の「イマジナリウム」の紙芝居を街でする。 そしてエンドロールが流れる。

最後のミソが 「もう選択したくない」で鏡の世界から開放されるところ。 確かにこれがミソなんだけど・・・今ひとつ映画全体から考えると、 どうも自分で説明がつけられない。 しかしなんとか説明しなければ評論家(?)としての立場が危うくなる。

1ついえることは「選択したくない」といった結果、乞食に戻ったのだから、 悪魔は選択をしない人生を彼に与えたのだろう。 本来ならそこで死なのだろうがパルナサスは不死身だから・・・人生の選択肢のない乞食に。

結局人は死ぬまで欲望と戦い何かを選択し続けなければならないんだということを言いたいのかも知れない。

トニー役は故ヒース・レンジャー。 映画が完成する前に亡くなってしまったそうだ。 そして彼の意思を受け継いでジョニーデップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウの3人がトニーを演じる。 鏡の中の世界は殆どがヒース・レンジャーらしい。 そして鏡の外の世界を他の3人が演じているという事になる。

娘のヴァレンティナ役はリリー・コール。22歳。魚類系の美人である。出来ればオッパイ見せて欲しかった。

アシカラズ


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